2013年08月30日
白馬三山縦走 ’12 10
白馬岳頂上までの記事はこちらから!
2012年 10月
前日にYさんとTさんと一緒に白馬岳頂上に登り
テント場にて就寝
早起きをして御来光を待ちます
昨日の夕焼けに続き、この日の朝焼けも最高でした

戸隠方面から日が昇ります


昨日は見る事が出来なかった八ヶ岳と奥に富士山を見る事が出来ました

南アルプスの峰々

太陽は輝きを増しモルゲンロートが始まります

小蓮華山

白馬頂上

杓子、鑓と奥に穂高、槍、鷲羽、水晶、立山、剱岳


立山、剱UP!


穂高、槍UP!

まさに自然が織り成す芸術

これが見たいから山に来るんだ
これがあるから、山はやめられないんですよね

御来光を楽しみ終わりテントを撤収
白馬三山縦走を目指します

今回の写真で自分の中で一、二を争う位、好きな写真です
YさんとTさんの歩いている所を遠い位置から撮りました
自然の雄大さが、良く分かる一枚かと

富山方面 能登半島まで見渡すことが出来ました

白馬岳と小蓮華山

白馬三山の真ん中の杓子岳に到着
白馬鑓と奥に唐松岳

白馬鑓ヶ岳に到着!
白馬三山縦走完了です!
不帰キレット、唐松方面

今回は鑓温泉経由で下山します

しかし、ここに来て問題が発生する、、、、、
二日間での、この絶景の数々で何百回とカメラのシャッターを押した訳ですが
カメラのバッテリーが完全に終わりました!
という事で、この後の写真がありません
2時間程歩き、もう小屋が片付けてある鑓温泉に到着し
レッツ!バスロマン!!
営業期間外ということで、水でぬるめていない為、源泉垂れ流しだったのですが
熱い!!
50℃位はあったのでは無いかと
でも源泉垂れ流しは最高でした
今度は期間内で入ってみたいものです
その後、2時間半程歩き、昨日歩いた道に出て、猿倉荘に帰還しました
、
白馬の絶景を楽しめた2日間でした
TさんYさん、また機会がありましたら、宜しくお願い致します
2012年 10月
前日にYさんとTさんと一緒に白馬岳頂上に登り
テント場にて就寝

早起きをして御来光を待ちます

昨日の夕焼けに続き、この日の朝焼けも最高でした

戸隠方面から日が昇ります

昨日は見る事が出来なかった八ヶ岳と奥に富士山を見る事が出来ました

南アルプスの峰々
太陽は輝きを増しモルゲンロートが始まります
小蓮華山
白馬頂上
杓子、鑓と奥に穂高、槍、鷲羽、水晶、立山、剱岳
立山、剱UP!
穂高、槍UP!
まさに自然が織り成す芸術
これが見たいから山に来るんだ
これがあるから、山はやめられないんですよね


白馬三山縦走を目指します

今回の写真で自分の中で一、二を争う位、好きな写真です

YさんとTさんの歩いている所を遠い位置から撮りました
自然の雄大さが、良く分かる一枚かと

富山方面 能登半島まで見渡すことが出来ました

白馬岳と小蓮華山
白馬鑓と奥に唐松岳
白馬三山縦走完了です!

不帰キレット、唐松方面
しかし、ここに来て問題が発生する、、、、、
二日間での、この絶景の数々で何百回とカメラのシャッターを押した訳ですが
カメラのバッテリーが完全に終わりました!

という事で、この後の写真がありません

2時間程歩き、もう小屋が片付けてある鑓温泉に到着し
営業期間外ということで、水でぬるめていない為、源泉垂れ流しだったのですが
熱い!!
50℃位はあったのでは無いかと

でも源泉垂れ流しは最高でした

今度は期間内で入ってみたいものです


白馬の絶景を楽しめた2日間でした

TさんYさん、また機会がありましたら、宜しくお願い致します

2013年08月26日
白馬岳 ’12 10
白馬岳(2,932m)
飛騨山脈(北アルプス)北部の後立山連峰にある標高2,932 mの山
長野県と富山県とにまたがり、中部山岳国立公園内にある
東側の谷筋にある、冬季の膨大な積雪と周囲の山塊からの雪崩が集積した日本最大の雪渓、白馬大雪渓が有名です
山頂を含む南北700 mの地帯は県境が設定されていません
登り 6時間5分
下り 3時間45分
(大雪渓往復)
んああああああああああ
2012年 10月
山小屋の閉まった10月半ば、YさんとTさんと3人でテントを担いで白馬岳へ登って来ました
8:00 猿倉荘から歩き始め大雪渓を登り、白馬岳頂上を目指しました
名前は元々、代馬から来ているそうな白馬岳ですが
白い岩と白い雪で聳えています
名前が白馬岳に変わったのが頷けますね

9:00 冬に備え解体されている白馬尻小屋に到着
ここからが日本一の雪渓、有名な白馬大雪渓になります
写真家の方が一心にシャッターを切られていました

紅葉も盛りを迎えておりました

赤、黄色に染まる道を歩きます
大雪渓とは言うものの、雪が降る前で一番積雪の少ない時期で
暫く雪渓の脇を歩く事になります
10:10 雪渓歩きポイントに到着
ほんの数十mを歩くだけでした
雪渓を渡り終えた所
大きな穴が空いてます
大雪渓では常に、どこかしらでガラガラと石が落ちていました
落石も怖いですが、雪の季節が一番恐そうですね~
雪崩がいつ起きてもおかしくない所なのだと言うのが良く分かりました
でも、大雪渓は絵になる景色の宝庫なんですよね

12:20 小屋が見えて来ました
小屋も近くなると白馬三山の杓子岳、鑓ヶ岳が見渡せます

白馬鑓UP、上から見るとあんまり尖がってないんですね~
前日に降雪が少しあった様で白く染まっておりました

13:10 頂上近くに建つ白馬岳頂上宿舎に到着
早速、裏にあるテント場に行きテント設営~♪
暫く昼寝をして夕暮れを待ち、頂上を目指します
白馬岳の西側に聳える旭岳を横目に歩きます
テント場から20分ほどで白馬山荘に到着
ここから10分ほどで頂上になります
歩いていると崖下に黒い影が
漆黒の帝王、カスケードなのねん!?
雷鳥でした
二匹で寄り添って歩いていて、仲良さそうな雷鳥ちゃんでした
歩いて来た大雪渓を見下ろします

下には綺麗な雲海が広がっています

時折、雲が上まで巻き上がってきて、ブロッケン現象も見ることが出来ました


白馬岳頂上へ向かいます

白馬岳頂上(2932m)に到着!
夕刻が近づき景色は徐々にオレンジ色に染まっていきます

杓子、鑓方向

剱、立山、水晶、鷲羽、槍、穂高まで見渡すことが出来ました

槍、穂高UP!

新潟方面、新潟県の最高峰の小蓮華山


旭岳方面に夕日が沈んで行きます


オレンジに染まる杓子、鑓

夕空にくっきりと浮かびあがる立山、剱

剱UP!

沈みゆく太陽
真っ赤に燃え上がりました

本当に幻想的な景色



太陽が雲の向こうに沈んでいきました

こんな景色、滅多に見る事が出来ないんだろうな~
良い景色を堪能させてもらいました
その後、テント場に戻り就寝し
次の日、白馬三山を縦走して来ました
白馬三山縦走に続きます!
長野県と富山県とにまたがり、中部山岳国立公園内にある
東側の谷筋にある、冬季の膨大な積雪と周囲の山塊からの雪崩が集積した日本最大の雪渓、白馬大雪渓が有名です
山頂を含む南北700 mの地帯は県境が設定されていません
登り 6時間5分
下り 3時間45分
(大雪渓往復)

2012年 10月
山小屋の閉まった10月半ば、YさんとTさんと3人でテントを担いで白馬岳へ登って来ました

白い岩と白い雪で聳えています
名前が白馬岳に変わったのが頷けますね

ここからが日本一の雪渓、有名な白馬大雪渓になります
写真家の方が一心にシャッターを切られていました

紅葉も盛りを迎えておりました



ほんの数十mを歩くだけでした

大きな穴が空いてます

落石も怖いですが、雪の季節が一番恐そうですね~
雪崩がいつ起きてもおかしくない所なのだと言うのが良く分かりました

でも、大雪渓は絵になる景色の宝庫なんですよね

小屋も近くなると白馬三山の杓子岳、鑓ヶ岳が見渡せます

白馬鑓UP、上から見るとあんまり尖がってないんですね~
前日に降雪が少しあった様で白く染まっておりました


ここから10分ほどで頂上になります

歩いていると崖下に黒い影が
漆黒の帝王、カスケードなのねん!?

二匹で寄り添って歩いていて、仲良さそうな雷鳥ちゃんでした

歩いて来た大雪渓を見下ろします
下には綺麗な雲海が広がっています

時折、雲が上まで巻き上がってきて、ブロッケン現象も見ることが出来ました

白馬岳頂上へ向かいます

夕刻が近づき景色は徐々にオレンジ色に染まっていきます

杓子、鑓方向
剱、立山、水晶、鷲羽、槍、穂高まで見渡すことが出来ました

槍、穂高UP!
新潟方面、新潟県の最高峰の小蓮華山
旭岳方面に夕日が沈んで行きます

オレンジに染まる杓子、鑓
夕空にくっきりと浮かびあがる立山、剱
剱UP!
沈みゆく太陽
真っ赤に燃え上がりました
本当に幻想的な景色
太陽が雲の向こうに沈んでいきました

こんな景色、滅多に見る事が出来ないんだろうな~

良い景色を堪能させてもらいました

その後、テント場に戻り就寝し
次の日、白馬三山を縦走して来ました

白馬三山縦走に続きます!
2013年08月12日
海釣り、南浜船だまり 2013
2013年 8月
夏と言えば
海!なのである
海水浴で暑さを吹き飛ばして、アハハウフフ
否!
新潟男児たるもの、この暑い夏こそ
釣り!なのである
ってことで~
今日は去年に引き続き、南船だまりの堤防にて海釣りで~~す
去年に引き続き、しぐれっちと、スワームとの3人でのんびりフィッシング
風もあり、少し曇りぎみだったので比較的過ごしやすい日で良かった
※夏の堤防は時として「暑い」を飛び超えて「熱い」になる時があるから熱中症対策は万全が必要ですよね☆
お昼になり、お腹も減ったので昼食タイム
まったりした時間を過ごします
新潟の夏と言えば、これでしょう
もも太郎!
新潟のソウルアイスとも言うべきアイスです
これ無しでは新潟の夏は語れません!
食事休憩を終え、本格的に釣りを始めます
スワームはさびき竿でひたすら、アジ狙い
アジ爆釣!!




たまには、こうゆう昔話など話しながら、のんびり海釣りするのも良いもんだ

しぐれのブログはこちらから!
スワームのブログはこちらから!
2013年08月06日
上杉家廟所
2013年 5月
西吾妻山登山の様子はこちらから!
蔵王のお釜の様子はこちらから!
上杉神社の様子はこちらから!
最後に訪れたのが上杉謙信を始め、歴代の上杉家のお墓がある
上杉家廟所
山形県米沢市にある米沢藩歴代藩主の墓所で国の史跡に指定されております
史跡の名称は、米沢藩主上杉家墓所(よねざわはんしゅうえすぎけぼしょ)
歴史経緯
戦国時代の大名である上杉謙信が越後国(新潟県)春日山城に没すると、その遺骸は漆を塗り甲冑を着せて埋葬された。
後継者の上杉景勝は、後に天下統一を果たした豊臣秀吉の臣下となり五大老に任じられ、会津へ移動。
それに伴い謙信の霊柩も越後から会津に移され仮堂に安置されたと云われている。
慶長6年(1601年)関ヶ原の戦い後、上杉家は米沢に移動を命じられ、謙信の霊柩も再び移動することになる。
景勝は米沢入りを果たすと米沢城本丸に御堂を建立し謙信の霊柩をそこに安置したのである。
現在の上杉家廟所は米沢城址の北西あたりに位置しており、この場所は元々米沢城に一大事があった場合、一時的に謙信の霊柩を避難させる場所として設けられたと云う。
元和9年(1623年)景勝が他界すると現在の廟所に埋葬され、以後十二代藩主までここに埋葬される事になる。
明治政府の「廃城令」に伴い米沢城は解体され、謙信の霊柩も移動する事になり、当地に移る。
(Wikiより)
入り口の門を過ぎると気持ちの良い杉の道が広がります
戸隠神社とか、弥彦神社とか高い杉の広がる道って、とても気持ち良いですね
上杉家が眠るところなだけあって
杉を植えすぎ、、、、、、
なんちて
くだらないギャグは、さておいて奥に歩きます
上杉謙信公から12代の上杉家が眠る墓所が並びます
十代治広の養嗣子であった顕孝も祀ってあり、十四代茂憲の記念碑も建っています
明治以後に死去した十三代斉憲からは東京に墓所があるようです
真ん中、奥にある謙信公の眠る墓
この下に、歴史の大人物が埋まっていると思うと不思議な気持ちになりますね~
早速お参り~
越後を発展して戴きありがとうございました
ナムナム
二代目の景勝公の墓にも御参り
資料館には、お墓を調査した時の資料が葉ってありました
こんな感じで埋まっているのですね~
へぇ~
教科書とかテレビとかで見て知った歴史上の人物の眠る場所
なんかロマンを感じますね~
西吾妻山登山の様子はこちらから!
蔵王のお釜の様子はこちらから!
上杉神社の様子はこちらから!
最後に訪れたのが上杉謙信を始め、歴代の上杉家のお墓がある
山形県米沢市にある米沢藩歴代藩主の墓所で国の史跡に指定されております
史跡の名称は、米沢藩主上杉家墓所(よねざわはんしゅうえすぎけぼしょ)
歴史経緯
戦国時代の大名である上杉謙信が越後国(新潟県)春日山城に没すると、その遺骸は漆を塗り甲冑を着せて埋葬された。
後継者の上杉景勝は、後に天下統一を果たした豊臣秀吉の臣下となり五大老に任じられ、会津へ移動。
それに伴い謙信の霊柩も越後から会津に移され仮堂に安置されたと云われている。
慶長6年(1601年)関ヶ原の戦い後、上杉家は米沢に移動を命じられ、謙信の霊柩も再び移動することになる。
景勝は米沢入りを果たすと米沢城本丸に御堂を建立し謙信の霊柩をそこに安置したのである。
現在の上杉家廟所は米沢城址の北西あたりに位置しており、この場所は元々米沢城に一大事があった場合、一時的に謙信の霊柩を避難させる場所として設けられたと云う。
元和9年(1623年)景勝が他界すると現在の廟所に埋葬され、以後十二代藩主までここに埋葬される事になる。
明治政府の「廃城令」に伴い米沢城は解体され、謙信の霊柩も移動する事になり、当地に移る。
(Wikiより)
戸隠神社とか、弥彦神社とか高い杉の広がる道って、とても気持ち良いですね

上杉家が眠るところなだけあって
杉を植えすぎ、、、、、、

くだらないギャグは、さておいて奥に歩きます

明治以後に死去した十三代斉憲からは東京に墓所があるようです
早速お参り~
越後を発展して戴きありがとうございました

こんな感じで埋まっているのですね~

教科書とかテレビとかで見て知った歴史上の人物の眠る場所
なんかロマンを感じますね~

2013年08月04日
上杉神社
2013年 5月
西吾妻山登山の様子はこちらから!
蔵王に行った時の様子はこちらから!
西吾妻、蔵王と訪れた私
続いて向かったのが、米沢にある、、、、、
新潟県人として、一度は訪れてみたかった場所
恐らく新潟県の歴史上、一番有名な人でしょう
戦国時代、越後の国を平定し、北信、越中、能登、加賀、一時は鎌倉まで勢力を拡大し、今の新潟の土台を築いた人
そう、戦国最強の武将と呼ばれている上杉謙信を祀っている神社に行って来ました
上杉神社
山形県米沢市に位置し、明治9年、上杉謙信公と米沢藩中興の名君である上杉鷹山公を祭神として、米沢城本丸跡に建立された神社です
上杉謙信が天正6年(1578年)、越後春日山城で急死した際、遺骸は城内の不識庵に仏式にて祭られましたが、次代の上杉景勝が会津を経て慶長6年(1601年)に米沢へ移封されたのに合わせ、謙信の祠堂も米沢に遷されました
後年、謙信の遺骸は城内から上杉家廟所に移されて現在に至ります
上杉神社は松が岬公園の中の堀に囲まれた所になります
2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の 主人公になった直江兼続の大きな像
記念撮影用ですね
天地人像
ちなみに天地人の意味は
天の巡り合せが良く、地勢の有利さに恵まれ、家臣・領民がよくまとまっている、この3つがともに揃っている大将(指導者・リーダー)というものは、日本の歴史、中国の歴史、神話に近い大昔にまでさかのぼってみても、存在したという話は聞いたことがない。
それどころか、未来の世の中にでさえ登場するとは思えない。
もっとも、この三事(天の時・地の利・人の和)が揃っているのであれば、戦争が起こったりはしないし、その大将に敵対するような人物も現れないだろう。
と上杉謙信が言ったところから来ているそうです
(ネットから抜粋)
上杉謙信公像
どっしりと構え、軍略でも練っていそうな像ですね~
どっしりした所と言い、軍略の天才と言い
現代で言う野村克也だな
この像も、なんかキャッチャーっぽい
上杉謙信公祠堂跡
上杉神社で一番高くなっている場所
遺骸が上杉家廟所に移されるまでは、こちらで祀られていたそうです
米沢城は以前は伊達家が城主だった城です
米沢は、あの伊達政宗が生まれた地でもあるので、石碑が建っております
伊達政宗公生誕の地!
上杉鷹山像
米沢藩の第9代藩主で江戸時代、財政危機により領地返上寸前となった米沢藩を立て直した名君です
米沢の人にとっては上杉謙信よりも上杉鷹山の方が英雄なのですかね
上杉鷹山を称える文章
なんとアメリカのケネディ元大統領に尊敬されていたんだとか!
凄いですね~
今の日本に出て来て欲しい人ですね~
日本の財政を救って欲しいですな~
生せは生る
成さねは生らぬ 何事も
生らぬは人の 生さぬ生けり
無学な自分でも聞いたことのある、この言葉
上杉鷹山の言葉だったのですね~~
ナルナル~
稽照殿(宝物殿)
こちらの建物の中に有名な直江兼続の愛の兜や学校の教科書によく乗ってる上杉謙信の絵などが展示されています
そして、拝殿に行き
お参り~~
ナムナム~
色んな日本の歴史を学べる良い所でした
今回の旅の最後に、実際に上杉謙信の遺骸が眠っていると言う上杉家廟所へと向かいました
西吾妻山登山の様子はこちらから!
蔵王に行った時の様子はこちらから!
西吾妻、蔵王と訪れた私

続いて向かったのが、米沢にある、、、、、
恐らく新潟県の歴史上、一番有名な人でしょう
戦国時代、越後の国を平定し、北信、越中、能登、加賀、一時は鎌倉まで勢力を拡大し、今の新潟の土台を築いた人
そう、戦国最強の武将と呼ばれている上杉謙信を祀っている神社に行って来ました

山形県米沢市に位置し、明治9年、上杉謙信公と米沢藩中興の名君である上杉鷹山公を祭神として、米沢城本丸跡に建立された神社です
後年、謙信の遺骸は城内から上杉家廟所に移されて現在に至ります
記念撮影用ですね

ちなみに天地人の意味は
天の巡り合せが良く、地勢の有利さに恵まれ、家臣・領民がよくまとまっている、この3つがともに揃っている大将(指導者・リーダー)というものは、日本の歴史、中国の歴史、神話に近い大昔にまでさかのぼってみても、存在したという話は聞いたことがない。
それどころか、未来の世の中にでさえ登場するとは思えない。
もっとも、この三事(天の時・地の利・人の和)が揃っているのであれば、戦争が起こったりはしないし、その大将に敵対するような人物も現れないだろう。
と上杉謙信が言ったところから来ているそうです

どっしりと構え、軍略でも練っていそうな像ですね~

どっしりした所と言い、軍略の天才と言い
現代で言う野村克也だな

この像も、なんかキャッチャーっぽい

上杉神社で一番高くなっている場所
米沢は、あの伊達政宗が生まれた地でもあるので、石碑が建っております

伊達政宗公生誕の地!
米沢藩の第9代藩主で江戸時代、財政危機により領地返上寸前となった米沢藩を立て直した名君です
米沢の人にとっては上杉謙信よりも上杉鷹山の方が英雄なのですかね

なんとアメリカのケネディ元大統領に尊敬されていたんだとか!

凄いですね~

今の日本に出て来て欲しい人ですね~
日本の財政を救って欲しいですな~

成さねは生らぬ 何事も
生らぬは人の 生さぬ生けり
無学な自分でも聞いたことのある、この言葉
上杉鷹山の言葉だったのですね~~

こちらの建物の中に有名な直江兼続の愛の兜や学校の教科書によく乗ってる上杉謙信の絵などが展示されています


色んな日本の歴史を学べる良い所でした

今回の旅の最後に、実際に上杉謙信の遺骸が眠っていると言う上杉家廟所へと向かいました
