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Posted by naturum at

2013年08月06日

上杉家廟所

2013年 5月








西吾妻山登山の様子はこちらから!



蔵王のお釜の様子はこちらから!



上杉神社の様子はこちらから!



最後に訪れたのが上杉謙信を始め、歴代の上杉家のお墓がある



上杉家廟所


山形県米沢市にある米沢藩歴代藩主の墓所で国の史跡に指定されております


史跡の名称は、米沢藩主上杉家墓所(よねざわはんしゅうえすぎけぼしょ)













歴史経緯


戦国時代の大名である上杉謙信が越後国(新潟県)春日山城に没すると、その遺骸は漆を塗り甲冑を着せて埋葬された。

後継者の上杉景勝は、後に天下統一を果たした豊臣秀吉の臣下となり五大老に任じられ、会津へ移動。
 
それに伴い謙信の霊柩も越後から会津に移され仮堂に安置されたと云われている。

慶長6年(1601年)関ヶ原の戦い後、上杉家は米沢に移動を命じられ、謙信の霊柩も再び移動することになる。

景勝は米沢入りを果たすと米沢城本丸に御堂を建立し謙信の霊柩をそこに安置したのである。

現在の上杉家廟所は米沢城址の北西あたりに位置しており、この場所は元々米沢城に一大事があった場合、一時的に謙信の霊柩を避難させる場所として設けられたと云う。

元和9年(1623年)景勝が他界すると現在の廟所に埋葬され、以後十二代藩主までここに埋葬される事になる。

明治政府の「廃城令」に伴い米沢城は解体され、謙信の霊柩も移動する事になり、当地に移る。


(Wikiより)










入り口の門を過ぎると気持ちの良い杉の道が広がります



戸隠神社とか、弥彦神社とか高い杉の広がる道って、とても気持ち良いですねニコニコ

























上杉家が眠るところなだけあって









杉を植えすぎ、、、、、、 ぴよこ_酔っ払うなんちて









くだらないギャグは、さておいて奥に歩きますあしあと














上杉謙信公から12代の上杉家が眠る墓所が並びます




















十代治広の養嗣子であった顕孝も祀ってあり、十四代茂憲の記念碑も建っています



明治以後に死去した十三代斉憲からは東京に墓所があるようです














真ん中、奥にある謙信公の眠る墓





















この下に、歴史の大人物が埋まっていると思うと不思議な気持ちになりますね~



早速お参り~



越後を発展して戴きありがとうございましたウワーンナムナム












二代目の景勝公の墓にも御参り






















資料館には、お墓を調査した時の資料が葉ってありました



こんな感じで埋まっているのですね~ぴよこへぇ~






















教科書とかテレビとかで見て知った歴史上の人物の眠る場所

なんかロマンを感じますね~ぴよこ3  

Posted by gami at 01:44Comments(0)