2014年08月19日
田沢湖
法体の滝の記事はこちらから!
2013年 8月
法体の滝に続き、訪れたのが、、、、、、
田沢湖(wikiより)
秋田県仙北市にある湖
日本で最も深い湖である
その全域が田沢湖抱返り県立自然公園に指定されており、日本百景にも選ばれている景勝地である
1956年(昭和31年)から2005年(平成17年)まで存在した自治体である田沢湖町の名の由来であり、現在も旧田沢湖町の区域の地名冠称として使われている
直径は約6kmの円形、最大深度は423.4mで日本第一位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖である(世界で最も深い湖はバイカル湖)
湖面標高は249mであるため、最深部の湖底は海面下174.4mということになる。この深さゆえに、真冬でも湖面が凍り付くことはない
そして、深い湖水に差し込んだ太陽光は水深に応じて湖水を明るい翡翠色から濃い藍色にまで彩るといわれており、そのためか日本のバイカル湖と呼ばれている
湖畔を周回する秋田県道が3路線(秋田県道38号田沢湖西木線・秋田県道60号田沢湖畔線・秋田県道247号相内潟潟野線)整備され、湖畔の一部箇所では湖水浴場として認められており、海水浴場と同様な利用が可能となっている
1940年以前に生息していたとされる主な魚類は、クニマス、ヒメマス(十和田湖より移入)、ウグイ、アメマス、ギギ、イワナ、コイ、ナマズ、ウナギ
1940年に玉川温泉から強酸性の水を流してしまい酸性に弱い魚だった田沢湖の固有種であったクニマスは絶滅してしまった
しかし平成22年になって山梨県の西湖で生存固体が発見された
きっかけは、京都大学教授の中坊徹次がタレント・イラストレーターで東京海洋大学客員准教授の「さかなクン」さんにクニマスのイラスト執筆を依頼したことであった
「さかなクン」さんはイラストの参考のために日本全国から近縁種の「ヒメマス」を取り寄せた
このとき、西湖から届いたものの中にクニマスに似た特徴をもつ個体があったため、「さかなクン」さんは中坊に「クニマスではないか」としてこの個体を見せ、中坊の研究グループは解剖や遺伝子解析を行なった
その結果、西湖の個体はクニマスであることが判明したとし、根拠となる学術論文の出版を待たずして、12月15日にマスコミを通して公式に発表され「クニマスの再発見」の一大ニュースとなった
1935年、田沢湖から西湖に送られたクニマスの受精卵10万個を孵化後放流したものが、繁殖を繰り返して現在に至ったと考えられている
ギョギョギョ!?これクニマスじゃないですか!?
ギョギョギョ~~~!!?
クニマスを見つけた時にさかなクンが書かれた物です
絶滅していたと思われていた魚の発見!!
もう、「さかな君」なんて気軽に呼べる様な方では無い発見だと私は心得ます
今後は
「御さかな様」と呼ぶべき人だと思いますね,私
「御さかな様」!!!
金ピカのタツコ像の建つ田沢湖
田沢湖周辺には、(イワナを食い)水をがぶ飲みして龍の体になった辰子と八郎がやがてめぐり合って夫婦になったという伝説があります
辰子伝説(wikiより)
田沢湖のほとり神成村に辰子(タッ子、または金釣(カナヅ)子ともいわれる)という名の娘が暮らしていた
辰子は類い希な美しい娘であったが、その美貌に自ら気付いた日を境に、いつの日か衰えていくであろうその若さと美しさを何とか保ちたいと願うようになる
辰子はその願いを胸に、村の背後の院内岳は大蔵観音に、百夜の願掛けをした。必死の願いに観音が応え、山深い泉の在処を辰子に示した
そのお告げの通り泉の水を辰子は飲んだが、急に激しい喉の渇きを覚え、しかもいくら水を飲んでも渇きは激しくなるばかりであった
狂奔する辰子の姿は、いつの間にか龍へと変化していった
自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、そこの主として暮らすようになった
辰子の母は、山に入ったまま帰らない辰子の身を案じ、やがて湖の畔で辰子と対面を果たした
辰子は変わらぬ姿で母を迎えたが、その実体は既に人ではなかった。悲しむ母が、別れを告げる辰子を想って投げた松明が、水に入ると魚の姿をとった
これが田沢湖のクニマスの始まりという
北方の海沿いに、八郎潟という湖がある
ここは、やはり人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という龍が、終の棲家と定めた湖であった
しかし八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子に惹かれ、辰子もその想いを受け容れた
それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったのだという
一部では、タッ子(辰子)には不老不死の願望があったが、のちに夫となる八郎にはその願望はなく、たまたま同じ行為にふけるうち、「唯、岩魚を食ひ、水を鯨飲してゐるうちに龍體となつてしまつた」とも語り継がれていた
なお、湖の北岸にある御座石神社には、辰子が竜になるきっかけとなった水を飲んだと言われる泉がある
田沢湖の湖畔には辰子伝説にまつわる像が4体あり、漢槎宮近くにある舟越保武作の「たつこ像」の他に、湖の東岸にある「辰子観音」、北岸にある「姫観音像」、御座石神社境内にある「たつこ姫像」がある
現在、「クニマス里帰りプロジェクト」が発足しており水質を元に戻す活動が行われているそうです
今は、まだ強い酸性の状態だそうです
ウグイなどがたくさん泳いでいるのが見れましたが
いつの日か、佐渡のトキみたいに田沢湖にクニマスが元気に泳ぐ日が来る事を祈っております
次の目的地、八幡平を目指します!
2013年 8月
法体の滝に続き、訪れたのが、、、、、、
田沢湖(wikiより)
秋田県仙北市にある湖
日本で最も深い湖である
その全域が田沢湖抱返り県立自然公園に指定されており、日本百景にも選ばれている景勝地である
1956年(昭和31年)から2005年(平成17年)まで存在した自治体である田沢湖町の名の由来であり、現在も旧田沢湖町の区域の地名冠称として使われている
直径は約6kmの円形、最大深度は423.4mで日本第一位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖である(世界で最も深い湖はバイカル湖)
湖面標高は249mであるため、最深部の湖底は海面下174.4mということになる。この深さゆえに、真冬でも湖面が凍り付くことはない
そして、深い湖水に差し込んだ太陽光は水深に応じて湖水を明るい翡翠色から濃い藍色にまで彩るといわれており、そのためか日本のバイカル湖と呼ばれている
湖畔を周回する秋田県道が3路線(秋田県道38号田沢湖西木線・秋田県道60号田沢湖畔線・秋田県道247号相内潟潟野線)整備され、湖畔の一部箇所では湖水浴場として認められており、海水浴場と同様な利用が可能となっている
1940年以前に生息していたとされる主な魚類は、クニマス、ヒメマス(十和田湖より移入)、ウグイ、アメマス、ギギ、イワナ、コイ、ナマズ、ウナギ
1940年に玉川温泉から強酸性の水を流してしまい酸性に弱い魚だった田沢湖の固有種であったクニマスは絶滅してしまった
しかし平成22年になって山梨県の西湖で生存固体が発見された
きっかけは、京都大学教授の中坊徹次がタレント・イラストレーターで東京海洋大学客員准教授の「さかなクン」さんにクニマスのイラスト執筆を依頼したことであった
「さかなクン」さんはイラストの参考のために日本全国から近縁種の「ヒメマス」を取り寄せた
このとき、西湖から届いたものの中にクニマスに似た特徴をもつ個体があったため、「さかなクン」さんは中坊に「クニマスではないか」としてこの個体を見せ、中坊の研究グループは解剖や遺伝子解析を行なった
その結果、西湖の個体はクニマスであることが判明したとし、根拠となる学術論文の出版を待たずして、12月15日にマスコミを通して公式に発表され「クニマスの再発見」の一大ニュースとなった
1935年、田沢湖から西湖に送られたクニマスの受精卵10万個を孵化後放流したものが、繁殖を繰り返して現在に至ったと考えられている
ギョギョギョ!?これクニマスじゃないですか!?
ギョギョギョ~~~!!?
クニマスを見つけた時にさかなクンが書かれた物です
絶滅していたと思われていた魚の発見!!
もう、「さかな君」なんて気軽に呼べる様な方では無い発見だと私は心得ます
今後は
「御さかな様」と呼ぶべき人だと思いますね,私
「御さかな様」!!!
金ピカのタツコ像の建つ田沢湖
田沢湖周辺には、(イワナを食い)水をがぶ飲みして龍の体になった辰子と八郎がやがてめぐり合って夫婦になったという伝説があります
辰子伝説(wikiより)
田沢湖のほとり神成村に辰子(タッ子、または金釣(カナヅ)子ともいわれる)という名の娘が暮らしていた
辰子は類い希な美しい娘であったが、その美貌に自ら気付いた日を境に、いつの日か衰えていくであろうその若さと美しさを何とか保ちたいと願うようになる
辰子はその願いを胸に、村の背後の院内岳は大蔵観音に、百夜の願掛けをした。必死の願いに観音が応え、山深い泉の在処を辰子に示した
そのお告げの通り泉の水を辰子は飲んだが、急に激しい喉の渇きを覚え、しかもいくら水を飲んでも渇きは激しくなるばかりであった
狂奔する辰子の姿は、いつの間にか龍へと変化していった
自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、そこの主として暮らすようになった
辰子の母は、山に入ったまま帰らない辰子の身を案じ、やがて湖の畔で辰子と対面を果たした
辰子は変わらぬ姿で母を迎えたが、その実体は既に人ではなかった。悲しむ母が、別れを告げる辰子を想って投げた松明が、水に入ると魚の姿をとった
これが田沢湖のクニマスの始まりという
北方の海沿いに、八郎潟という湖がある
ここは、やはり人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という龍が、終の棲家と定めた湖であった
しかし八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子に惹かれ、辰子もその想いを受け容れた
それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったのだという
一部では、タッ子(辰子)には不老不死の願望があったが、のちに夫となる八郎にはその願望はなく、たまたま同じ行為にふけるうち、「唯、岩魚を食ひ、水を鯨飲してゐるうちに龍體となつてしまつた」とも語り継がれていた
なお、湖の北岸にある御座石神社には、辰子が竜になるきっかけとなった水を飲んだと言われる泉がある
田沢湖の湖畔には辰子伝説にまつわる像が4体あり、漢槎宮近くにある舟越保武作の「たつこ像」の他に、湖の東岸にある「辰子観音」、北岸にある「姫観音像」、御座石神社境内にある「たつこ姫像」がある
現在、「クニマス里帰りプロジェクト」が発足しており水質を元に戻す活動が行われているそうです
今は、まだ強い酸性の状態だそうです
ウグイなどがたくさん泳いでいるのが見れましたが
いつの日か、佐渡のトキみたいに田沢湖にクニマスが元気に泳ぐ日が来る事を祈っております
次の目的地、八幡平を目指します!
Posted by gami at 10:30│Comments(0)
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